スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

リレー小説『群青の月』 第十三回 担当:黒石

 勢いよく純子の方に歩いていく男を目で追いながら、数子は今後の作戦について思いを巡らした。純子を劇団のヒロインの座から引きずり下ろし、自分がヒロインに返り咲く計画を実現させるために数子は、二つの方法を考えていた。一つは純子が劇団内で揉め事を起し、仲間の信頼を損ねる方法だ。どのようなスキャンダルであっても劇団の仲間たちが純子のことを信用しなくなるほどの事件を起こせば、彼女が次のヒロインに抜擢されることはなくなるだろう。もう一つは、彼女自身の生活に精神面からダメージを与えていく方法だ。こちらは少し間接的であるが、日常生活が精神的に不安定になってくれば、それは演技にも影響してくるにちがいない。練習にも本番にも集中できなくなれば、自分らしい演技はできなくなる。そうすればおのずとヒロインを続けることはできなくなるだろう。

 純子が同じ劇団の男と付き合っていることを数子は知っていた。相手は『群青の月』の青年役を務めた俳優で、名前を大江健といった。公然と付き合っているというわけではなかったが、劇団員同士で付き合ってはいけないという決まりはなく、二人が付き合っているのは周囲の人間が知る暗黙の事実になっていた。付き合い始めたきっかけは先輩の健に色々と相談している間に仲が深まっていったというよくあるパターンである。
 健は役者としての才能に恵まれた男で、演劇を始めたのは数子とあまり変わらない。しかし劇団に入って一年足らずで主役を務めて以降、重要な役柄を演じ続けてきた。どんな難しい役柄もそつなく演じる力には定評があり、今回の『群青の月』でも、代々官僚の家系で、将来を約束された国土交通省の役人という役柄を見事にこなした。一年間の地方研修の間、一人の少女と出会い、恋愛し、将来まで誓い合ったのにも関わらず、土壇場になって官僚としての出世に目がくらみ、少女を見捨てて去っていく。最後に青年が放つ「君とは所詮遊びだったのさ。」というセリフには、出世に目のくらんだ非情な内面が見事に表現されており、会場全体をどよめかせた。
 しかし、実際の女性関係となると、健は人並み以上に嫉妬深かった。自分以外の男と話すとそれがお互いの知り合いでもいい顔はしなかった。彼女の携帯は毎晩のようにチェックし、知らない男の名前があると誰なのか問い詰め、二度としないように怒り散らすという手の付けられない性格であった。そして最近、女優としての純子の名前が売れ始め、男性ファンにちやほやされることが多くなってくると、健の苛立ちは次第にエスカレートしていったのである。
 どちらかというと奔放で男と話すことも多い純子には、健の嫉妬深さを重荷に感じていた。役者としては尊敬していたし、また嫉妬深いこと以外は別段不満はないのであるが、純子が劇団に迷惑をかけぬように我慢していることは周囲の人間から見ればよくわかった。お互いにヒーローとヒロインを演じる純子と健は、何も知らないものから見れば、誰もがうらやむ理想のカップルに見えることだろう。しかし、劇団内部の事情に精通している数子には、二人の関係は劇団の抱える一つの爆弾に見えたのである。

 予想通りにこの花束を持った男は純子のことが気になって仕方がないといった様子だった。純子と近づきたい。あわよくば付き合いたいという気持ちが言葉の端々から溢れ出ていた。先ほど純子と話すために席を立ったこの男が、どんな風に純子に話しかけるのかわからない。人並みほどの勇気も持ち合わせていない上に、劇団の主演女優という肩書きにビビっているから、それほどのことは期待できないかもしれない。しかし、健もいるこの場で男が純子に近づくということはそれだけで十分に二人の関係を刺激する炎になるだろう。
 健の嫉妬の炎に火をつけることは、純子の精神状態を悪化させるとともに、『群青の月』が公演の存続をも引き起こす事件に発展しかねないほどの威力を内包している。数子はとりあえずことの成り行きを見守ろうと、飲みかけのビールをあおって、男の歩いていく先を見つめた。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

映画紹介

モールス
プロフィール

黒石法師

Author:黒石法師
零円出版編集長
1985年生まれ。

フォローミー
零円出版ツイッター
零円出版からの情報をリアルタイムで伝えます。
『零円』バックナンバー
零円2号 中綴じ仕様.pdf001名前消し
『零円』2号
発行:2010年3月25日

零円3号完成 改訂版1.pdf001
『零円』3号
発行:2010年10月20日

零円4号 hyousi.pdf001
『零円』4号
発行:2011年3月25日

零円5号 表紙 0001
『零円』5号
発行:2011年11月3日

零円6号 表紙0001
『零円』6号
発行:2012年5月6日

零円7号 表紙0001
『零円』7号
発行:2012年11月18日

古典常識一問一答〔人物編〕
入試でよく問われる文学史上の人物を中心に70名を取り上げ、5択のクイズ問題にしました。
零円出版の本
syousetu_20121119215608.jpg
『砂時計』(小説集)
発行:2011年6月10日
カテゴリ
最新記事
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ランキング

FC2Blog Ranking

アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
8794位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
1224位
アクセスランキングを見る>>
ただいまの訪問者数
android
検索フォーム
RSSリンクの表示
各雑誌HPへのリンク
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

零円資金稼ぎ企画「競馬で一発当てたろう!」参考資料『JRA出馬表』
JRA 全レース出馬表のブログパーツです。 開催日には単勝オッズも更新しますし、レース確定後には着順に並び変わりますのでレース結果の確認できます。
おすすめ図書
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。