リレー小説『群青の月』 第十四回 担当:青柳
「おつかれさまでした、そして初演の成功おめでとうございます」
彼は花束を純子に差し出すと、純子は目を丸くした。
「観てくれていたんですね」
ありがとう、と言葉を続け、彼女は花束を受け取る。その隣では彼を睨みつける健がいた。お前一体純子の何なんだ、という視線が突き刺さる。これは自分に嫉妬の目が向けられている、そう感じ取った彼は「ただの知り合いで、初めての主演を観に来ました」と「ただの知り合い」という単語を強調した。健は彼の一言に納得したのであろう、彼を自分の隣に座らせるよう促した。人懐っこい笑顔を向けている割には、決して純子の隣に座らせないところが用心深い男である。テーブルの角から彼、健、純子と並んで座る様子を数子は眺めていた。さてさてどうなることやら。
「君は純子とただの知り合いって言ったけれど、どこで知り合ったんだい?僕は純子の交友関係は大方把握しているはずだったけれど、君のことは初めて知ったよ」
「高校時代の演劇部で、ほら、宏美に紹介されて知り合った他校の人なの。演劇部で照明担当だったのよ」
何と答えようか、下手なことは言えないなと一瞬思った時には、純子がありもしないことを口にしていた。勿論彼は演劇のえの字もかじったことはない。それどころか小学校の学芸会で照明担当ではあったが、タイミングよく照明を役者に当てることができずに、他の担当に任せきりであった。健はふうんと浮かない返事をした。すると他の劇団員が健を呼んだので、この場から離れることに躊躇したようだが、再び人懐っこい笑顔を浮かべて隣のテーブルに移っていった。
「ごめん。咄嗟にホラ話をでっちあげてしまって」
純子はばつの悪そうな顔をする。いいですよ、気にしないでください。でもびっくりしました、そんなこと言い出すなんて。彼は身振り手振りでフォローする。
「駐車場で知り合ったって本当のこと言ったら、あの人、機嫌悪くしそうだったから。結構疑り深いし嫉妬深いから、色々想像されて誤解されるのも厄介だし」
「まあ嘘っぽいですけど事実なんですよね。彼とはもう長いんですか」
それとなく彼は健のことを聞き出そうとする。純子は微笑んで、まあねと答えた。ふと、彼は数子のいる方を見た。数子はじっとこちらを見つめていた。彼の頭に「何事かを成し遂げなければいけないのではないか」という思いが再びよぎる。でも一体、何を。
「彼ね、浮気しているの」
純子がぽつりと呟いたその一言は、彼の思考を一瞬止めた。手にしたグラスは傾き、溢れた気の抜けたビールは彼の手の甲を伝った。彼は純子を見る。泣いてはいなかった。悲しそうな表情もしていなかった。辛さを堪えているようでもなかった。ただの事実を告白しただけというようにしか見えなかった。
「少し抜けませんか。僕、帰るふりして先に外に出ますから、後からトイレに行くふりでもして出てきてください」
彼はテーブルの下にある純子の手を引いた。誰にも見えていないはずだが、彼女は少し驚いて、健のいるテーブルに目をやった。健は酒が進んでいるようで、上機嫌そうである。純子の方は見ていなさそうだ。
何事か、何事か。彼の頭の中は同じ単語がぐるぐると回っていた。じゃあ僕はこれで失礼します、彼は数子に挨拶して席を外す。数子は何を考えているかよく分からない笑いを彼に向けて、「良かったらまた観に来てちょうだいね」手を振った。店を出ると、薄雲のかかった月がぽっかりと浮かんでいた。
リレー小説『群青の月』:過去の記事はこちらから
彼は花束を純子に差し出すと、純子は目を丸くした。
「観てくれていたんですね」
ありがとう、と言葉を続け、彼女は花束を受け取る。その隣では彼を睨みつける健がいた。お前一体純子の何なんだ、という視線が突き刺さる。これは自分に嫉妬の目が向けられている、そう感じ取った彼は「ただの知り合いで、初めての主演を観に来ました」と「ただの知り合い」という単語を強調した。健は彼の一言に納得したのであろう、彼を自分の隣に座らせるよう促した。人懐っこい笑顔を向けている割には、決して純子の隣に座らせないところが用心深い男である。テーブルの角から彼、健、純子と並んで座る様子を数子は眺めていた。さてさてどうなることやら。
「君は純子とただの知り合いって言ったけれど、どこで知り合ったんだい?僕は純子の交友関係は大方把握しているはずだったけれど、君のことは初めて知ったよ」
「高校時代の演劇部で、ほら、宏美に紹介されて知り合った他校の人なの。演劇部で照明担当だったのよ」
何と答えようか、下手なことは言えないなと一瞬思った時には、純子がありもしないことを口にしていた。勿論彼は演劇のえの字もかじったことはない。それどころか小学校の学芸会で照明担当ではあったが、タイミングよく照明を役者に当てることができずに、他の担当に任せきりであった。健はふうんと浮かない返事をした。すると他の劇団員が健を呼んだので、この場から離れることに躊躇したようだが、再び人懐っこい笑顔を浮かべて隣のテーブルに移っていった。
「ごめん。咄嗟にホラ話をでっちあげてしまって」
純子はばつの悪そうな顔をする。いいですよ、気にしないでください。でもびっくりしました、そんなこと言い出すなんて。彼は身振り手振りでフォローする。
「駐車場で知り合ったって本当のこと言ったら、あの人、機嫌悪くしそうだったから。結構疑り深いし嫉妬深いから、色々想像されて誤解されるのも厄介だし」
「まあ嘘っぽいですけど事実なんですよね。彼とはもう長いんですか」
それとなく彼は健のことを聞き出そうとする。純子は微笑んで、まあねと答えた。ふと、彼は数子のいる方を見た。数子はじっとこちらを見つめていた。彼の頭に「何事かを成し遂げなければいけないのではないか」という思いが再びよぎる。でも一体、何を。
「彼ね、浮気しているの」
純子がぽつりと呟いたその一言は、彼の思考を一瞬止めた。手にしたグラスは傾き、溢れた気の抜けたビールは彼の手の甲を伝った。彼は純子を見る。泣いてはいなかった。悲しそうな表情もしていなかった。辛さを堪えているようでもなかった。ただの事実を告白しただけというようにしか見えなかった。
「少し抜けませんか。僕、帰るふりして先に外に出ますから、後からトイレに行くふりでもして出てきてください」
彼はテーブルの下にある純子の手を引いた。誰にも見えていないはずだが、彼女は少し驚いて、健のいるテーブルに目をやった。健は酒が進んでいるようで、上機嫌そうである。純子の方は見ていなさそうだ。
何事か、何事か。彼の頭の中は同じ単語がぐるぐると回っていた。じゃあ僕はこれで失礼します、彼は数子に挨拶して席を外す。数子は何を考えているかよく分からない笑いを彼に向けて、「良かったらまた観に来てちょうだいね」手を振った。店を出ると、薄雲のかかった月がぽっかりと浮かんでいた。
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