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リレー小説『群青の月』 第十五回 担当:長谷部

 彼と純子は、しばらくの間、何も言わず歩いた。ときおり彼が振り向くと、純子は顔をうつむかせたまま、彼の後ろをついてきている。彼は歩きながら、月を見ていた。そして舞台での純子を思い出した。狂気に堕ちた少女を演じた純子は、とても美しかった。だが、いま彼のやや後方を歩き、健とのことを思いふさぎこんでいる純子からは、その美しさを感じることができなかった。彼には、純子がただの少女に思えた。彼は重いため息をはいた。とたんに、それまで摂取したアルコールが彼の意識におそいかかり、そのまま地面に倒れこみそうになった。彼は足に力を入れ、ふみとどまった。意識が回復するまで、彼は純子に背を向け、立ち尽くした。純子は彼の背後で何も言わず、足を止めていた。
 体が少しらくになったところで、彼は純子の方を向き「タバコを吸ってもいいですか?」とたずねた。純子は少し顔をあげ、黙ったままうなずいた。「ありがとう」といい、彼はジャケットのポケットからタバコを取り出して火をつけた。
 このまま軽い挨拶をすませて、別れてしまおうかな、と彼はぼんやり考えた。だが、それでは何のために、勇気を出して純子のところへ声をかけに言ったのか、それに、純子が自分の思っていたような女性ではなく、弱いところも悩んでいるところもあるただの「人間」というだけで、切り捨ててしまっていいのか、そんな自分が許せるのか、……彼は自分に問い詰めていた。
 やがて、彼は短くなったタバコを地面に投げ捨て、純子のところに歩み寄った。
「純子さん」
 純子は顔をあげ、彼の目を見つめた。「はい」
「今度の休み、どこか一緒にいきませんか」
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リレー小説『群青の月』 第十四回 担当:青柳

 「おつかれさまでした、そして初演の成功おめでとうございます」
 彼は花束を純子に差し出すと、純子は目を丸くした。
 「観てくれていたんですね」
 ありがとう、と言葉を続け、彼女は花束を受け取る。その隣では彼を睨みつける健がいた。お前一体純子の何なんだ、という視線が突き刺さる。これは自分に嫉妬の目が向けられている、そう感じ取った彼は「ただの知り合いで、初めての主演を観に来ました」と「ただの知り合い」という単語を強調した。健は彼の一言に納得したのであろう、彼を自分の隣に座らせるよう促した。人懐っこい笑顔を向けている割には、決して純子の隣に座らせないところが用心深い男である。テーブルの角から彼、健、純子と並んで座る様子を数子は眺めていた。さてさてどうなることやら。
 「君は純子とただの知り合いって言ったけれど、どこで知り合ったんだい?僕は純子の交友関係は大方把握しているはずだったけれど、君のことは初めて知ったよ」
 「高校時代の演劇部で、ほら、宏美に紹介されて知り合った他校の人なの。演劇部で照明担当だったのよ」
 何と答えようか、下手なことは言えないなと一瞬思った時には、純子がありもしないことを口にしていた。勿論彼は演劇のえの字もかじったことはない。それどころか小学校の学芸会で照明担当ではあったが、タイミングよく照明を役者に当てることができずに、他の担当に任せきりであった。健はふうんと浮かない返事をした。すると他の劇団員が健を呼んだので、この場から離れることに躊躇したようだが、再び人懐っこい笑顔を浮かべて隣のテーブルに移っていった。
 「ごめん。咄嗟にホラ話をでっちあげてしまって」
 純子はばつの悪そうな顔をする。いいですよ、気にしないでください。でもびっくりしました、そんなこと言い出すなんて。彼は身振り手振りでフォローする。
 「駐車場で知り合ったって本当のこと言ったら、あの人、機嫌悪くしそうだったから。結構疑り深いし嫉妬深いから、色々想像されて誤解されるのも厄介だし」
 「まあ嘘っぽいですけど事実なんですよね。彼とはもう長いんですか」
 それとなく彼は健のことを聞き出そうとする。純子は微笑んで、まあねと答えた。ふと、彼は数子のいる方を見た。数子はじっとこちらを見つめていた。彼の頭に「何事かを成し遂げなければいけないのではないか」という思いが再びよぎる。でも一体、何を。
 「彼ね、浮気しているの」
 純子がぽつりと呟いたその一言は、彼の思考を一瞬止めた。手にしたグラスは傾き、溢れた気の抜けたビールは彼の手の甲を伝った。彼は純子を見る。泣いてはいなかった。悲しそうな表情もしていなかった。辛さを堪えているようでもなかった。ただの事実を告白しただけというようにしか見えなかった。
 「少し抜けませんか。僕、帰るふりして先に外に出ますから、後からトイレに行くふりでもして出てきてください」
 彼はテーブルの下にある純子の手を引いた。誰にも見えていないはずだが、彼女は少し驚いて、健のいるテーブルに目をやった。健は酒が進んでいるようで、上機嫌そうである。純子の方は見ていなさそうだ。
 何事か、何事か。彼の頭の中は同じ単語がぐるぐると回っていた。じゃあ僕はこれで失礼します、彼は数子に挨拶して席を外す。数子は何を考えているかよく分からない笑いを彼に向けて、「良かったらまた観に来てちょうだいね」手を振った。店を出ると、薄雲のかかった月がぽっかりと浮かんでいた。



リレー小説『群青の月』:過去の記事はこちらから

リレー小説『群青の月』 第十三回 担当:黒石

 勢いよく純子の方に歩いていく男を目で追いながら、数子は今後の作戦について思いを巡らした。純子を劇団のヒロインの座から引きずり下ろし、自分がヒロインに返り咲く計画を実現させるために数子は、二つの方法を考えていた。一つは純子が劇団内で揉め事を起し、仲間の信頼を損ねる方法だ。どのようなスキャンダルであっても劇団の仲間たちが純子のことを信用しなくなるほどの事件を起こせば、彼女が次のヒロインに抜擢されることはなくなるだろう。もう一つは、彼女自身の生活に精神面からダメージを与えていく方法だ。こちらは少し間接的であるが、日常生活が精神的に不安定になってくれば、それは演技にも影響してくるにちがいない。練習にも本番にも集中できなくなれば、自分らしい演技はできなくなる。そうすればおのずとヒロインを続けることはできなくなるだろう。

 純子が同じ劇団の男と付き合っていることを数子は知っていた。相手は『群青の月』の青年役を務めた俳優で、名前を大江健といった。公然と付き合っているというわけではなかったが、劇団員同士で付き合ってはいけないという決まりはなく、二人が付き合っているのは周囲の人間が知る暗黙の事実になっていた。付き合い始めたきっかけは先輩の健に色々と相談している間に仲が深まっていったというよくあるパターンである。
 健は役者としての才能に恵まれた男で、演劇を始めたのは数子とあまり変わらない。しかし劇団に入って一年足らずで主役を務めて以降、重要な役柄を演じ続けてきた。どんな難しい役柄もそつなく演じる力には定評があり、今回の『群青の月』でも、代々官僚の家系で、将来を約束された国土交通省の役人という役柄を見事にこなした。一年間の地方研修の間、一人の少女と出会い、恋愛し、将来まで誓い合ったのにも関わらず、土壇場になって官僚としての出世に目がくらみ、少女を見捨てて去っていく。最後に青年が放つ「君とは所詮遊びだったのさ。」というセリフには、出世に目のくらんだ非情な内面が見事に表現されており、会場全体をどよめかせた。
 しかし、実際の女性関係となると、健は人並み以上に嫉妬深かった。自分以外の男と話すとそれがお互いの知り合いでもいい顔はしなかった。彼女の携帯は毎晩のようにチェックし、知らない男の名前があると誰なのか問い詰め、二度としないように怒り散らすという手の付けられない性格であった。そして最近、女優としての純子の名前が売れ始め、男性ファンにちやほやされることが多くなってくると、健の苛立ちは次第にエスカレートしていったのである。
 どちらかというと奔放で男と話すことも多い純子には、健の嫉妬深さを重荷に感じていた。役者としては尊敬していたし、また嫉妬深いこと以外は別段不満はないのであるが、純子が劇団に迷惑をかけぬように我慢していることは周囲の人間から見ればよくわかった。お互いにヒーローとヒロインを演じる純子と健は、何も知らないものから見れば、誰もがうらやむ理想のカップルに見えることだろう。しかし、劇団内部の事情に精通している数子には、二人の関係は劇団の抱える一つの爆弾に見えたのである。

 予想通りにこの花束を持った男は純子のことが気になって仕方がないといった様子だった。純子と近づきたい。あわよくば付き合いたいという気持ちが言葉の端々から溢れ出ていた。先ほど純子と話すために席を立ったこの男が、どんな風に純子に話しかけるのかわからない。人並みほどの勇気も持ち合わせていない上に、劇団の主演女優という肩書きにビビっているから、それほどのことは期待できないかもしれない。しかし、健もいるこの場で男が純子に近づくということはそれだけで十分に二人の関係を刺激する炎になるだろう。
 健の嫉妬の炎に火をつけることは、純子の精神状態を悪化させるとともに、『群青の月』が公演の存続をも引き起こす事件に発展しかねないほどの威力を内包している。数子はとりあえずことの成り行きを見守ろうと、飲みかけのビールをあおって、男の歩いていく先を見つめた。

リレー小説『群青の月』 第十二回 担当:長谷部

 彼は数子に勧められるまま、ビールを飲み干していった。数子は表面上は優しく世話好きな様子を見せながら彼の相手をし、その中で少しずつ、純子との関係を聞き出していった。彼は注がれたビールをハイペースで喉に流し込みながら、深夜の駐車場で純子と出会ったことや、この一週間純子に再会できるのが待ち遠しかったことなどを素直に純子に話していった。
 数子はあと一歩のところで、彼をうまく口車に乗せて、純子を貶める作戦に駆り立たせることができたであろう。だが、そうはならなかった。
 彼は、ハイペースでビールを体内に入れた結果、落ち着きと冷静を取り戻していった。彼にとってアルコールは、この場違いな居場所に自分を落ち着かせ、馴染ませる潤滑油となった。彼はコップにビールを注ぐ数子の顔を見た。数子は劇団の女優だけあって確かに美しかった。だが、それだけだった。数子には、純子のように彼の心を揺さぶる衝動的なものがなかった。純子のように、見る者に多くの意味を考えさせる瞳を持っていなかった。彼は数子に語りかけながら、冷静に数子を分析した。純子の演技を間近で見た彼は、やがて数子の「演技」に気がついた。
 なるほど、この数子という女性は純子に妬んでいて貶めたいと考えている。その作戦の道具として、勇気がなくて純子に花束も渡せず、そのまま帰ろうとした自分が選ばれたわけだ。彼は自嘲的な笑いをこらえた。
 このまま数子に激昂して席を立ち店を出てしまおうかと、彼はコップを強く握りしめた。だが、と彼は考え直した。ここで数子を非難し、立ち上がってしまえば、純子に会う機会はおそらく二度とないだろう。もしあったとしても、今日何もしなかった自分が純子と話せるとは到底思えない。それならば、ここで数子の謀略にわざと引っかかり、純子に接し「何事か」を成し遂げなければいけないのではないか。
 空になったコップを握りしめ突然黙りだした彼に、数子は気圧された。「ねぇ、どうしたの、いきなり?」とやや不安のこもった声で数子は彼に言った。彼は決意した。彼はゆっくりと数子の方を向き、「ちょっと、純子さんの所へ行って話をしてきます」と言い、数子の返事を待たずに、花束を抱えて立ち上がった。

リレー小説『群青の月』 第十一回 担当:青柳

 彼はぼんやりと、駅までの道を歩いていた。
 美しい純子。舞台での彼女は、本当に輝いていた。その光があまりにも眩くて、眩暈を起こしそうだった。星のように、遠い存在。手が届くことは、きっとない。
 彼はまたひとつ、ため息をつく。これまでに何度ため息をついたのだろう。少し向こうが優しく接してくれたからといっても、自分も観客の一人に過ぎない。客席から彼女を見つめていて強く実感した。あの青年を演じていた男性――目鼻立ちがはっきりとしていて、自信に満ち溢れた雰囲気を漂わせている、同性の自分から見ても「いい男」だった――彼のような男こそが彼女の隣に立つべきなのである。
 ほんの一瞬でも夢を見ることができたのだから、これで良かったのだ。自分のような男は、女性との関わりに淡い期待を抱いてはいけない。勝手に自己嫌悪の海に沈んでいくところで、ぽんと軽く肩を叩かれて、振り向いた。
「あなた、このままで良いの?」
 彼に追いついた数子である。にんまりと笑い、彼の目をじっと見つめる。彼は突然声をかけられ驚いたのだろう、数子を見るとすぐに目を泳がせていた。
「え、あなたは」
ああ、これはちょろい。数子は何だか面白くなってきてさらに口角をつり上げる。
「私、純子さんと同じ劇団に所属しているの。さっきあなたが純子さんにお花、渡そうとしているところも見ていたのよ。折角なんだし、彼女とお話ししていかない?この後近くの居酒屋で打ち上げがあるから、おいでなさいよ」
 数子はよどみなく彼を誘う文句を言い連ね、彼の手をぎゅっと握る。
そうこうしているうちに、彼は焼き鳥の煙がたちこめる居酒屋の座敷席に座り込んでいた。純子は対角線上、一番遠いところに座ってビールを飲んでいる。彼は隣に座る数子に「さあさあ、まずは一杯どうぞ」とビールを注がれたので、場違いだとは思いながらもとりあえず喉を潤すことにした。

映画紹介

モールス
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黒石法師

Author:黒石法師
零円出版編集長
1985年生まれ。

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古典常識一問一答〔人物編〕
入試でよく問われる文学史上の人物を中心に70名を取り上げ、5択のクイズ問題にしました。
零円出版の本
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『砂時計』(小説集)
発行:2011年6月10日
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